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東京地方裁判所 昭和54年(タ)455号 判決 1980年2月22日

原告

塩田多津子

被告 Y

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  原、被告間の長男A(昭和四七年五月一二日生)の親権者を被告と定める。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  原告は、主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べ、証拠として<中略>を提出した。

1  原告(昭和一四年九月二六日生)は、日本国籍を有する者であり、被告は、エテイオピア国籍を有する者であるところ、右両名は、昭和三六年頃知り合い、同三八年四月頃から同棲を始め、同年九月二七日婚姻の届出を了した夫婦であつて、その間には、昭和四七年五月一二日長男Aが出生した。

2  原、被告は、昭和三九年一一月頃、エテイオピアに渡り、同国において生活を始めたが、昭和四九年頃同国において政治革命が起こるまでは平穏な家庭生活を送つていた。右革命後、政情が不安定になり、原告の身辺にも危険が迫つて来たため、原、被告は話し合いの末離婚の合意するに至つた。そこで、原告は昭和五三年五月二九日在エテイオピアの日本大使館に対し、原、被告の離婚届を提出したところ受理されたので、日本に帰国したが、その後右離婚届は、外務省を通じ原告に返還されるに至つた。

3  よつて、原告は、被告に対し、民法七七〇条一項五号に基づき離婚を求める。なお、原、被告間の長男Aの親権者は父たる被告と定めるのが相当である。

二  被告は、公示送達による呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

三  職権で原告本人を取り調べた。

理由

一<証拠>を総合すると、請求原因1の事実が認められるほか、次の事実が認められる。

1  原、被告は、昭和三九年一一月末頃エテイオピアに渡り、同国において生活を始めたが、昭和四九年頃までは、平穏な家庭生活を営んでいた。

2  昭和四九年頃、エテイオピアにおいて革命が勃発し軍事政権が樹立された。右革命後、政情が不安定になり外国人排斥運動が激化し、原告の身辺にも危険が迫つて来たことや、外国人の妻をもつ被告の立場が悪くなる一方であつたことから、原、被告は、やむなく離婚することに合意するに至つた。

3  そこで、原告は、昭和五三年五月二九日エテイオピアの日本大使館に対し、原、被告の離婚届を提出したところ受理されたので、同年六月一五日一人で日本に帰国したが、その後右離婚届は、エチオピアにおいて協議離婚が認められていなかつたことから、外務省を通じ原告に返還された。以来、原、被告は、今日に至るまで別居状態にある。

4  そこで、原告は、昭和五四年六月頃被告に対しエテオピアの裁判所で離婚手続をすすめるべく、依頼の手紙を送つたが、被告から返事はなく、現在被告の住所は不明である。

5  原、被告間の長男Aは、別居以来被告のもとで養育されている。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二本件離婚の準拠法は、法例一六条により夫たる被告の本国法、すなわちエテイオピア国の法律によるべきところ、本件の事実関係のもとにおいては、同国の法律によつて離婚を認めることができないものと解されるものの、前記認定の事実によると、本件にあつては、妻たる原告は日本国籍を有するとともに、現在日本に住所を有しており、しかも、昭和四九年に勃発したエテイオピアの革命後、同国においては外国人排斥運動が激化し原告の身辺にも危険が迫つて来たことや外国人の妻をもつ被告の立場が悪化の一途をたどるといつた状況下にあつたことから、原、被告は、やむなく離婚を合意し、原告は、日本で生活することを余儀なくされるに至つたことに加え、現在被告の所在すら不明であるところ、このような場合にもなお夫の本国法である前記エテイオピア国の法律を適用して原告の本訴離婚の請求を棄却することは、我が国私法秩序における信義誠実の原則に沿わないばかりか善良の風俗を害し、ひいては正義公平の理念にもとるものといわなければならない。

したがつて、右のような事実関係のもとにある本件については、法例三〇条により前記エテイオピア国法の適用を排斥し、法廷地法たる日本の民法を適用すべきものと解するのが相当であるところ、前記認定の事実によれば、原、被告間の婚姻が既に破綻し回復不可能な状況にあることは明らかであるから、民法七七〇条一項五号に基づく原告の本訴離婚の請求は理由がある。

三次に親権者の指定について検討するに、親権者の指定に関する準拠法は、離婚に伴つて通常処理される事項であつて離婚の効果に関する問題であるから、離婚の準拠法に従うのが相当であるので、法例一六条によりエテイオピア国の法律が適用されるところ、同国離婚法六八一条一項によれば、婚姻により生まれた子供の扶養、保護は、子供の利益の観点から規定されねばならないとされているが、前記認定の事実によると、原、被告間の長男A(昭和四七年五月一二日生)は、別居以後専ら被告のもとで養育されているのであるから、その親権者は、父である被告と定めるのが相当である。

四よつて、原告の本訴離婚の請求を正当としてこれを認容し、原、被告の長男Aの親権者を父である被告と定めることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(牧山市治 古川行男 滝澤雄次)

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